「ロックンロールに別の名前をつけるなら、それは『チャック・ベリー』だ」――かつてジョン・レノンが喝破したこの言葉は、過酷なショービジネスの中でチャック・ベリーが果たした役割の大きさを端的に物語っています。彼が登場する以前、ロックンロール ギターの歴史においてエレクトリック・ギターは、あくまでリズムを補合するバッキング楽器か、あるいはブルースやジャズにおける技巧派のソロ楽器という枠組みに留まっていました。
ベリーが成し遂げた最大の地殻変動は、ギターを「バンドの主旋律」「リズムの駆動装置」「ビジュアルのアイコン」の3役に同時に昇華させたことにあります。当時のシカゴ・ブルースの巨人マディ・ウォーターズの紹介でチェス・レコードの門を叩いたベリーは、黒人音楽のブルースに、白人の大衆音楽であったカントリー&ウェスタンの軽快なビートを融合させました。この異種交配こそが、人種差別の壁が極めて高かった当時のアメリカ社会において、黒人と白人の若者たちを同時に熱狂させる起爆剤となったのです。
自著『チャック・ベリー自伝』の中で彼は、「観客が求めているのは、小難しいジャズのコード進行ではなく、誰もが足を踏み鳴らしたくなる強烈なビートと、物語を語りかける明快なリフだ」と語っています。ピアノ奏者ジョニー・ジョンソンとの緊密なインタープレイの中から生み出された8ビートのギターバッキングは、後にザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・ビーチ・ボーイズへと直接受け継がれ、今日に至るあらゆるロックミュージックの原初構造を決定づけました。