落合氏の現役晩年を語る上で欠かせないのが、読売ジャイアンツから日本ハムへの電撃移籍です。1996年オフ、巨人がFAで清原和博氏を獲得した際、落合氏は球団に請われて残留する道を選ばず、自ら自由契約を申し出ました。「ポジションを争うのではなく、必要としてくれる場所でプレーする」というプロとしての誇りを行動で示した瞬間でした。
移籍先の日本ハムでは1997年に打率.262をマークし、若手主体のチームに勝者のメンタリティを注入。しかし翌1998年は出場機会が限られ、同年10月7日に記者会見を開き、正式に引退を表明しました。
日本ハムでの引退会見は、終始穏やかで淡々とした落合氏らしいものでした。「悔いはありません。精一杯野球をやらせてもらった」と静かに語る姿は、最後まで周囲に左右されない「オレ流」の集大成としてファンの胸に刻まれています。