へんば餅の歴史は、江戸時代中期の安永4年(1775年)にまで遡ります。当時、伊勢神宮へ向かう参宮街道の宮川河畔において、旅人たちをもてなす茶屋として創業したのが「へんばや商店」の始まりです。
名前の由来となった「へんば(返馬)」とは、参宮道中に設けられていた「返馬所(へんばじょ)」を指しています。かつて伊勢を目指す参拝客は、各地から馬や籠に乗って旅を続けてきましたが、宮川には橋が架かっていなかったため、この地で馬を返却し、渡し船や徒歩で神域へと向かいました。旅の節目となる返馬所で、長旅の疲れを癒やすために振る舞われたのが、現在のへんば餅の原型です。
民俗学者の折口信夫をはじめとする文化人たちの記録にも伊勢街道の餅文化は散見されますが、へんば餅は単なる観光土産ではなく、「俗世から神聖な神域へ入る境界儀礼」において、旅人に活力を与える実用的なエネルギー源として深く根づいていました。現在も創業の地である伊勢市小俣町明野の本店を中心に、昔ながらの素朴で誠実な製法が忠実に受け継がれています。