「峠の茶屋」という言葉を聞いて、時代劇の一場面や昔話の風景を思い浮かべる人は少なくないはずです。その本来の定義は、山道において最も標高が高く険しい「峠(国境や分水嶺)」の頂上付近や登り口・下り口に設けられた休憩施設を指します。
その歴史を紐解くと、江戸時代初期の五街道(東海道・中山道・甲州街道・日光街道・奥州街道)や脇往還の整備に行き着きます。当時、徒歩で峠を越えることは文字通りの命がけでした。標高差数百メートルを一気に登り降りする旅人にとって、峠の茶屋は単なるカフェではなく、行き倒れを防ぐための公的なインフラ(避難所・補給所)としての役割を担っていたのです。
茶屋で振る舞われた定番メニューの代表格が「力餅(ちからもち)」「だんご」「甘酒」でした。これらには当時の生活の知恵が凝縮されています。もち米や米麹から作られる炭水化物と糖分は、消化吸収が早く即効性の高いエネルギー源となります。さらに、発酵食品である甘酒は「飲む点滴」として夏の熱中症予防や冬の冷え切った体の保温に絶大な効果を発揮しました。現在全国各地の峠に残る名物だんごや餅は、こうした過酷な旅の歴史が生んだ機能食の名残なのです。