瀧尾神社を語る上で欠かせないもう一つの決定的な事実が、大手百貨店「大丸」の創業者・下村彦右衛門正啓(しもむら ひこえもん まさひろ)との深い結びつきです。なぜ一大財閥の祖が、東山の小さな神社を生涯にわたって信奉し続けたのでしょうか。そこには、壮絶な商人人生を支えた祈りの軌跡が存在します。
下村彦右衛門は享保2年(1717年)、京都・伏見に古着商「大文字屋」を開業しました。当時の彼は無名の商人であり、日々の行商を営む中で、伏見街道沿いに位置していた瀧尾神社へ毎朝必ず立ち寄り、社殿に手を合わせてから京都や大坂へと足を運んでいました。雨の日も風の日も欠かさず続けられたこの祈願を通じて、彼の事業は驚異的なスピードで拡大を遂げます。名古屋への進出、そして江戸・日本橋への出店を果たし、日本を代表する豪商へと上り詰めたのです。
『大丸二百五十年史』などの社史資料や伝承によると、下村家は代々にわたって「今日の繁栄があるのは瀧尾神社の加護によるもの」と感謝を忘れず、天保年間に社殿が荒廃した際、当代の下村彦右衛門が莫大な私財を投じて現在の本殿、拝殿、幣殿、手水舎のすべてを新造・寄進しました。当時の金額にして数千両、現代の貨幣価値に換算すれば数十億円規模に相当する大改修を個人で賄ったと推計されています。大丸と瀧尾神社の絆は途絶えることなく、現在もグループ関係者による参拝や奉納が脈々と続けられています。