スコットランドへ渡り、本場の蒸留技術を学んだ竹鶴政孝と、彼を支えたスコットランド人女性の竹鶴リタ。二人の間には実子が恵まれなかった。そこで養子として竹鶴家に迎え入れられたのが、政孝の甥にあたる竹鶴威(たけつる たけし)氏である。
広島の醸造家に生まれ、技術者としてのDNAを受け継いでいた威氏は、大学卒業後に父が興した会社へと入社。現場の技術者として酒造りの技術を徹底的に叩き込まれた。やがて経営の頭脳としても手腕を発揮し、ニッカウヰスキーの社長および会長を歴任。実質的な「二代目」として、創業者の理想を現実のビジネスへと結実させる決定的な役割を果たした。