地理的には東京都台東区浅草の北東に位置するが、歴史的な背景を知るとさらに興味深い。ここは聖観音宗の寺院であり、名刹・浅草寺の庶子寺(塔頭)として正式名称を「待乳山本龍院」という。
飛鳥時代の推古天皇の代、地中から突如として金龍が舞い降り、この丘を形作ったと伝えられる。浅草寺本尊の出現に先立つ伝承であり、古くから江戸・東京の精神的支柱となってきた。日本仏教の長い歴史の中で、庶民の切実な願いを受け止めてきた名刹である。
江戸時代の浮世絵師・歌川広重の作品にも、この地の景色は色鮮やかに描かれている。名所江戸百景「山下三社宮マツチヤマ」などで切り取られた白雪の景勝は、江戸っ子たちにとって憧れの散策ルートであった。昔も今も、隅田川を臨むこの丘は特別な聖域として人々の心を魅了し続けている。