中村屋を語る上で、稀代の名優・十八代目中村勘三郎の存在を外すことはできない。劇場を飛び出し、テント芝居や海外公演へと果敢に打って出た彼のエネルギーは、歌舞伎界の常識を次々と打ち破った。疾風怒濤のごとく駆け抜けたその破格の人生を、最も身近な生活の場から支えていたのが波野家の面々である。
「型があるから型破り、型が無ければ形無し」。十八代目が遺したこの至言は、家庭内の日常作法や家族の規律にも通底していた。波野知佐をはじめとする一門の親族が守り続けた家庭の安定と伝統の規律があったからこそ、勘三郎は安心して舞台の上で奔放に暴れ回ることができたに違いない。