大阪市中央区西心斎橋に位置するこのエリアが、なぜ日本の伝統的商業地・船場やミナミに隣接しながら「アメリカ村」と命名されたのか。その起源は1969年(昭和44年)頃にさかのぼります。
当時、心斎橋の西側に広がるこの一帯は、炭屋町筋を中心とした閑静な倉庫街・材木商の町でした。転機となったのは、空間デザイナーの日向利一氏をはじめとする若手クリエイターたちが、使われなくなった倉庫や長屋を改装し、カフェやギャラリーを開いたことです。
そこに集う若手バイヤーたちが、アメリカ西海岸(ハワイやカリフォルニア)から直接買い付けた古着、ジーンズ、サーフボード、中古レコードを店頭に並べ始めました。百貨店や既存の商店街では手に入らない本場のリアルな米国ユースカルチャーが手に入る場所として評判を呼び、1970年代半ばのテレビや雑誌メディアが「アメリカ村」と特集したことで正式な通称として定着しました。
高度経済成長期からバブル期にかけて、アメ村は「関西の原宿」とも呼ばれる独自のストリートカルチャーを確立。輸入カルチャーの発信基地から、やがて日本独自のストリートファッションや音楽、アートを生み出すインキュベーション(孵化装置)としての役割を担うようになりました。