3代目タイガーマスクの活動期間は、1992年3月から1994年1月4日の東京ドーム大会までのわずか1年10カ月足らずでした。歴代のタイガーマスクと比較しても極めて短命に終わった背景には、演者である金本浩二が抱えていた深刻なアイデンティティの葛藤が存在します。
当時、ファンがタイガーマスクに求めていたのは、初代・佐山聡が見せた「四次元殺法」と呼ばれる華麗で軽やかな空中殺法でした。しかし、金本の本来のファイトスタイルは、感情を剥き出しにして相手の顔面に蹴りを叩き込む、泥臭く殺伐とした「闘争本能のプロレス」です。関係者の手記や当時のインタビューによると、金本は「観客が自分ではなく、背後にある初代の幻影ばかりを見ている」という強烈な違和感とジレンマに苛まれ続けていたと明かされています。
葛藤が決壊したのは1994年1月4日、東京ドームでのライガー戦でした。試合に敗れた金本は、セコンドの手を借りることもなく、自らの手でマスクを脱ぎ捨ててリング上に叩きつけ、素顔を晒したのです。この衝撃的な脱着劇は、プロレス史において「敷かれたレールを拒絶し、己の生身の感情で生きていく」という魂の独立宣言として語り継がれています。