順風満帆に見えた成駒屋を揺るがす未曾有の事態が発生したのは、2013年11月のことでした。歌舞伎界の最高峰の名跡の一つである「七代目中村歌右衛門」の襲名発表直後、父・中村福助が急性脳内出血と筋痙攣で倒れ、緊急手術を受けることになったのです。
当時、児太郎はまだ19歳。青山学院大学でラグビーに打ち込みながら歌舞伎の研鑽を積んでいた矢先、絶対的な師であり大黒柱であった父が突如として舞台から姿を消しました。予定されていた襲名披露興行は無期延期となり、父が演じるはずだった大役や代役の重責、そして成駒屋の看板を背負うプレッシャーが、一気に青年の双肩にのしかかりました。
公の場で見せる冷静な立ち振る舞いの裏で、児太郎は過酷な現実と対峙していました。当時の関係者取材によると、右半身の麻痺と言語障害を患った父のリハビリを家族総出で支えつつ、自身は父不在の舞台で稽古をつけてくれる諸先輩の教えを貪欲に吸収していきました。学生アスリートとしての強靭なメンタリティと、「自分が成駒屋の火を消してはならない」という強い覚悟が、若き児太郎を大きく成長させる契機となったのです。