なぜ勝田州彦は、何の落ち度もない幼い命を執拗に狙い続けたのでしょうか。その背景には、幼少期から形成された人格特性と、長期にわたり放置された異常な嗜好性がありました。勝田州彦 生い立ちと家族・両親を取り巻く環境は、事件後の公判や精神鑑定によって徐々に明らかになっています。
兵庫県内で生まれ育った勝田は、父親が警察官という規律を重んじる家庭環境にありました。しかし、本人は学校生活や対人関係において強い孤立感を抱え、思春期以降、女児に対する異常な関心を募らせていきました。高校卒業後は専門学校を経て医療・介護関連の業務や臨時職員などを転々としますが、職場や社会に適応することは困難を極めました。
勝田の犯歴は、2004年の津山事件以前にまで遡ります。2000年には兵庫県内で女子中学生への通り魔事件を起こして少年院に送致され、退院後の2009年にも再び女児に対する連続刺傷事件を起こして懲役10年の実刑判決を受けています。公判記録や供述調書によると、女児を絞首する行為や刃物で傷つける行為そのものに性的興奮を覚える「パラフィリア(性的倒錯)」を抱えており、犯行を重ねるごとに手口がエスカレートしていった実態が確認されています。