日本中の注目を集めた結婚生活でしたが、その結婚期間はわずか1年(実質的には約10か月)で幕を閉じました。世間を騒がせた離婚理由の根底にあったのは、憎しみ合いや不貞行為ではなく、皮肉にも二人が置かれていた「超売れっ子ゆえの過酷な環境」でした。
当時、寝る間もないほどの猛烈なスケジュールに追われていた二人は、同じ家で暮らしていながら月に数日、数時間しか顔を合わせられない生活が続いていました。新婚生活の実態はほとんどなく、互いにすれ違いの日々が重なる中で、若すぎた二人は夫婦としての関係を構築する時間を奪われてしまったのです。
さらに、藤圭子さんが背負っていた生い立ちの影や繊細な精神状態に対し、前川清さんは寄り添おうと努めたものの、多忙を極める生活のなかで埋められない溝が広がっていきました。互いを嫌いになったわけではなく、「このままではお互いをすり減らしてしまう」「良き友人・歌仲間としての関係に戻ろう」という苦渋の決断が下されました。
1972年8月に開かれた離婚記者会見は、昭和の芸能史に残る異例の光景となりました。金屏風の前で行われた会見で、二人は隣り合って座り、時折笑みを交えながら終始穏やかに別れを報告したのです。「円満離婚」の先駆けとも言えるこの会見は、互いへの深い敬意と思いやりが残っていた証左でもありました。