この森は、行政による開発や大規模資本による観光地ではありません。地元・唐津出身の造園家である故・鶴田信作(つるた・しんさく)氏が、たった一人で始め、半生を賭けて築き上げた「魂の造園作品」です。
高度経済成長期、各地で進む乱開発や針葉樹の単一植林によって荒廃していく山林を目の当たりにした鶴田氏は、「人間が汚した自然を、本来の豊かな広葉樹の森へと再生しなければならない」という強い危機感を抱きました。1970年代後半から作礼山南西斜面の私有地を少しずつ買い足し、自らの手で土を耕し、岩を配し、カエデやモミジなど百種を超える樹木を植え続けました。
鶴田氏が生前、地元メディアのインタビューで語った言葉が今も語り継がれています。「私は観光地を作っているのではない。地球の肺を造り、水と空気を綺麗にして、人が森の中で命の循環を感じられる場を残したいだけだ」。
木々の枝打ちから小川の流れの設計に至るまで、自然の生態系を損なわないよう細心の注意が払われています。風遊山荘もまた、森の風景を壊さぬよう自然素材だけで組み上げられた建築です。単なる「映えスポット」という表層的な消費を超え、一人の男が40年以上の歳月と私財を投じて自然と対話し続けた軌跡こそが、この空間に圧倒的な重厚感と静謐さを与えています。