イチローが国民栄誉賞を3度辞退した真相と人生の幕引きの美学にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。
イチロー氏に対する国民栄誉賞の打診は、歴史的な偉業を達成した節目ごとに計3回行われました。当時の政権担当者や官邸の動き、そしてイチロー氏側が返答した公式コメントの推移を振り返ると、その意志の揺るぎなさが際立ちます。
打診時期当時の政権・達成記録本人の主な辞退理由・コメント編集部の分析第1回(2001年)小泉純一郎内閣
(MLB新人王・MVP・首位打者)「まだ発展途上の選手であり、現段階で賞をいただくのは恐れ多い」渡米1年目での栄誉授与は、今後の自分に対する甘えや慢心を生むリスクを警戒した判断。第2回(2004年)小泉純一郎内閣
(メジャー年間最多安打262安打)「現役のプレーヤーとしてモチベーションを保つため、受け取るわけにはいかない」記録達成がゴールではなく、プレーを極め続ける過程にこそ価値を置くアスリート心理が表出。第3回(2019年)安倍晋三内閣
(東京ドーム開幕戦での現役引退)「人生の幕を下ろしたときにいただけるよう励みます」ユニフォームを脱いでも人生の挑戦は終わらないという、究極の自己研鑽宣言。
1回目と2回目は、現役アスリートとしての純粋な集中力を保つための辞退でした。国民栄誉賞の授与基準には「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者」と定められていますが、イチロー氏にとって過去の業績で称えられることは、未来への進軍を止めるブレーキになり得たのです。