インターネットの検索窓で「平山智加 引退」というワードが浮上することがありますが、結論から述べると引退の事実は一切ありません。この噂が広まった背景には、2度の産休・育休によるレース不参加期間と、定期的に発生するフライング(F)休みによる長期斡旋停止期間が重なった時期があったためです。
危険な水面競技において、出産を経て再び時速80km超の極限バトルへ戻ることには相当な肉体的・精神的負荷が伴います。それでも平山選手が早期復帰を選び続けた根底には、レーサーとしての尽きない情熱に加え、若き日に亡くした師匠・福田雅一選手(2007年にレース中事故により他界)への誓いがあります。
デビュー当時、操縦のイロハから勝負師の心構えまでを叩き込んでくれた福田選手の急逝は、若き日の平山選手に計り知れない衝撃を与えました。平山選手は現在も師匠の教えである「どんな状況でも決して諦めず、前を向いて走る」という信念をヘルメットに刻み、水面に立ち続けています。この強固な精神的支柱があるからこそ、キャリアの断絶を恐れず、母となってもトップレーサーとして復帰を果たすことができたのです。