第7シリーズにおける最大の障壁であり、物語の真の主役とも言える存在が、野村萬斎演じる統括内科部長・蜂須賀隆太郎です。民放連続ドラマへの本格レギュラー出演が極めて稀であった狂言界の至宝が、無駄を極限まで削ぎ落とした所作と、低音で響く静謐な発声をもって演じた蜂須賀は、歴代のどの院長・副院長とも一線を画す異形のカリスマ性を放ちました。
蜂須賀が掲げた「ケミカルサージェリーの推進」と「切らない医療」は、表向きは患者の身体的負担を減らし、パンデミック下の医療崩壊を防ぐための先進的アプローチに見えました。しかしその内実は、外科を無力化して自身の権力基盤を固め、新薬開発の利権と国の感染症対策本部の主導権を握るという野心に満ちたものでした。大門未知子に対しても「手術の腕しか持たない職人は、もはや現代医療には不要」と冷たく言い放ち、徹底的な対立構図を形成します。
ところが、物語が終盤へと突入するにつれ、蜂須賀が抱える衝撃的な秘密が明かされます。蜂須賀自身が、極めて治療困難な進行性の重篤な膵臓癌に侵されていたのです。自らが提唱するケミカルサージェリーの限界を誰よりも理解しながら、完璧な合理主義者の仮面を剥ぎ取ることができず、孤独のうちに死を迎えようとしていた蜂須賀。
最終回、崩壊寸前の彼を救ったのは、他ならぬ彼が否定し続けた大門未知子の外科手術でした。「患者の命を前にして、外科も内科もない」と言わんばかりに、自らも感染症のリスクに晒されながら限界を超えたオペに挑む未知子の姿は、蜂須賀の歪んだプライドを根底から打ち砕きます。野村萬斎が手術台の上で見せた、死への怯えと大門への畏怖が交錯する表情の揺らぎは、テレビドラマ史に残る迫真の芝居として絶賛を浴びました。
さらに、この緊迫の展開を音響面から強烈にドライブしたのが、須田景凪作詞・作曲、Adoが歌う主題歌「阿修羅ちゃん」です。怒涛のリズムと圧倒的な歌唱力は、混沌とした院内政治に怒りのメスを振るう大門未知子の焦燥と疾走感を見事に具現化し、視聴者のアドレナリンを極限まで増幅させました。