2010年10月、スウェーデン王立科学アカデミーはノーベル化学賞の共同受賞者として、鈴木章氏(北海道大学名誉教授)、根岸英一氏(米パデュー大学特別教授)、そしてリチャード・ヘック氏(米デラウェア大学名誉教授)の3名を発表しました。公式に発表された授賞理由は「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」です。
有機化学における最大の難問の一つは、「炭素と炭素をいかにつなぎ合わせるか」という点にありました。炭素は生物を構成する基本骨格であり、医薬品や先端材料を人工的に作り出すためには炭素同士の結合が不可欠です。しかし、炭素原子は本来極めて安定しており、無理に結合させようとすると激しい副反応が起きたり、目的外の物質が大量に生じたりして、歩留まりが極めて悪くなるという壁に長年ぶつかっていました。
この限界を突破したのが、金属のパラジウムを触媒(仲介役)として用いるクロスカップリング技術です。パラジウムが2つの異なる有機化合物を引き合わせ、穏やかな条件下で炭素同士をまるでパズルのピースを嵌め込むかのようにピンポイントで結合させる反応経路を切り拓きました。
ノーベル化学賞の日本人受賞者として歴史に名を刻んだ鈴木氏と根岸氏ですが、アプローチには明確な違いがありました。根岸氏が亜鉛化合物を活用した「根岸カップリング」を1977年に開発したのに対し、鈴木氏は助手の宮浦憲夫氏(現・北海道大学名誉教授)とともに、「有機ホウ素化合物」を用いる手法に到達。1979年に発表されたこの「鈴木・宮浦カップリング(Suzuki-Miyaura reaction)」こそが、実験室の基礎化学を実社会の巨大産業へと押し上げる決定打となったのです。