ドラマ『春になったら』が最終回に向けて視聴者を釘付けにし、放送終了後に「涙が止まらない」という反響がSNS上を埋め尽くした最大の理由は、従来の余命宣告ものにありがちな「悲壮感漂うベッドサイドの別れ」を真っ向から拒絶した脚本と演出の力にあります。
物語の核心である春になったら 結末の真相を振り返ると、ステージ4の膵臓がんを患った父・雅彦(木梨憲武)は、延命治療ではなく生活の質(QOL)を保つ緩和ケアを選択しました。残された「3カ月」の中で、娘・瞳(奈緒)の「結婚までにやりたいことリスト」と雅彦の「死ぬまでにやりたいことリスト」が交錯し、ひとつずつ消化されていきます。このプロセスこそが、散りばめられた春になったら 伏線回収の見事な布石となっていました。
助産師として新しい命の誕生に立ち会う瞳の日常と、人生の幕引きを穏やかに整えていく雅彦の時間。第1話から対比されてきた「命の始まりと終わり」というテーマは、最終回で行われた「父への感謝と旅立ちを祝う結婚式」で美しく結実します。父が倒れるリスクを背負いながらも、自宅のリビングを飾り付け、売れない芸人である婚約者・カズキ(川西馳広=濱田岳)とともに作り上げたセレモニーは、死別の恐怖を乗り越え「生き切った人生を称賛する宴」へと昇華されました。
視聴者が滂沱の涙を流したのは、親子の死別そのものへの悲哀ではなく、遺される娘が前を向いて新しい家族を築いていく覚悟と、それを笑顔で見届けた父親の底知れぬ愛情に胸を打たれたからにほかなりません。