放送当時から現在に至るまで、インターネット上ではキャストの入れ替えや降板を巡り、事実無根の憶測や都市伝説が飛び交い続けています。関係者の証言や当時の制作背景を検証すると、意外な真実が浮かび上がってきます。
最大の誤解の一つが、女性レギュラーとして抜群の存在感を放っていた西内まりやの降板理由です。ネット上では長年「現場での共演者との不仲」や「スキャンダルによる降板」といった噂が囁かれていました。しかし実際の事実は全く異なります。2013年当時、西内はモデル業のみならず女優として脚光を浴びており、フジテレビ土曜ドラマ『山田くんと7人の魔女』の主演に抜擢。さらに歌手デビューへ向けた準備が重なり、殺人的なスケジュールに直面していました。コント番組の収録は深夜に及ぶ長時間の拘束が常態化していたため、所属事務所と制作側の綿密な協議のもと、本格的な女優・音楽展開への専念を理由に友好的に卒業したというのが記録に残る実態です。
もう一つの大きなターニングポイントは、ハライチ(岩井勇気・澤部佑)の2012年春の番組リニューアルに伴う降板でした。番組が深夜から水曜22時へ昇格する際、フジテレビ側は「新風を吹き込む」という名目で、ハライチとおかもとまりをレギュラーから外し、千鳥と西内まりや、加賀美セイラを新たに投入しました。この改編は本人たちにとって極めて屈辱的なものであり、岩井勇気は後に自著やラジオ番組で「ピカルを外された時の激しい悔しさが、その後の反骨精神の原動力になった」と赤裸々に語っています。この挫折があったからこそ、ハライチはトークと漫才の腕を磨き直し、現在の帯番組司会者という大きな果実を手にしたと言えます。
さらに、途中加入した千鳥が直面した「東京コントの地獄」も、いまや語り草です。大阪の漫才・ロケで向かうところ敵なしだった千鳥は、スタジオコントの緻密な段取りや関東的なノリに全く馴染めず、本番で一言も喋れずに収録を終える日々が続きました。ノブは当時の心境を「新幹線で東京に向かうだけで吐き気がした」と告白しており、吉村崇ら共演者が必死にいじってフォローしたものの、ピカル時代は終始ポテンシャルを発揮できませんでした。この「ピカルでの敗北」という強烈な原体験が、後に『いろはに千鳥』や『相席食堂』で見せた「台本を無視して現場をかき回す」千鳥独自の無敵スタイルの確立へと直結しています。