現場となった山梨県南都留郡道志村は、都心からのアクセスが比較的良好なキャンプ地として親しまれる一方で、一歩足を踏み入れれば断崖と深い樹海が入り組む過酷な山岳地帯の顔を持つ。事件当日の天候変化や、夕刻にかけて急激に視界が奪われる山の気候特性は、捜索を極めて難航させた主要因の一つであった。
山岳捜索の専門家は、「この地域の沢筋は崩落が激しく、季節によって地表の様子が劇的に変化する」と指摘する。近年の詳細な現地調査では、当初の捜索範囲の盲点となっていた小規模な落石跡や密林の奥深くにおいて、当時の遺留物がどのようなプロセスで留まったのかという物理的試算が繰り返されている。急峻な斜面と複雑な水流が絡み合うこの土地の特殊性こそが、真相解明への最大の鍵であり障壁であり続けている。