高島ファミリーといえば、明るく開放的なパブリックイメージの一方で、忠夫さんの重度のうつ病闘病や一家を襲った悲劇など、幾多の試練を乗り越えてきた歴史があります。そうした苦境の陰で、兄・忠夫さんを精神的に支え続けたのが弟・弘之氏でした。
忠夫さんが1998年頃から重度のうつ病を患い、長年務めたレギュラー番組を相次いで降板した際、世間はその激変に騒然としました。当時の報道や弘之氏自身のインタビューによると、弘之氏は兄の異変をいち早く察知し、過度な励ましを避けながらも、神戸時代からの気心の知れた弟として静かに寄り添い続けたといいます。
「兄貴はいつも完璧なエンターテイナーであろうとしすぎた。弱音を吐けない立場だったからこそ、家族の前でだけはただの長男に戻れる場所が必要だった」と、弘之氏は述懐しています。公の場で見せる華やかな笑顔の裏で、繊細な精神をすり減らしていた忠夫さんにとって、ビジネスの世界で百戦錬磨をくぐり抜けてきた弟の存在は、唯一無二の心理的防波堤となっていたのです。
また、家庭内における弘之氏の素顔も極めてユニークです。ちさ子さんが著書やバラエティ番組でたびたび明かすように、弘之氏は極めてポジティブで、どんな逆境もユーモアで笑い飛ばす豪快な性格の持ち主です。ダウン症を患っていた長女(ちさ子さんの姉・未知子さん)を育てる際も、弘之氏は家族全員に「姉ちゃんを特別扱いするな、みんなで強く生きろ」と教え込み、ちさ子さんの代名詞であるタフで前向きな精神構造の基礎を作り上げました。