絶頂期を駆け抜けていたずうとるびですが、1977年に激震が走ります。グループの顔であり結成の立役者だった山田隆夫が突如として脱退を表明したのです。
当時、メディアでは「メンバー間の深刻な不仲」や「人気格差による内紛」など様々な憶測が飛び交いました。しかし、後年の自著や回顧録、関係者の証言によって浮かび上がった脱退の真因は、過密スケジュールによる心身の限界と、クリエイターとしての自立願望でした。
睡眠時間が連日2〜3時間に削られる壮絶なアイドル生活の中で、作詞作曲や企画をリードしていた山田と、タレント・俳優としての才能を開花させつつあった他メンバーとの間で、目指すべき将来像に乖離が生じていました。山田は自身の表現を追求するため、そして若くして人生の次のステップ(結婚や個人活動)を見据えてグループを離れる決断を下したと語られています。
山田の脱退後、新メンバーとして池田善彦が加入し活動を継続しましたが、歌謡界のニューミュージックへの移行やアイドルブームの変遷を受け、1982年にグループは惜しまれつつ解散。各々が俳優、タレント、制作スタッフ、あるいは一般企業へと別々の道を歩み始めました。