「死の淵に立たなければ見えない風景がある」——そう語る行者の言葉は伊達ではない。千日回峰行の過酷さを象徴するのが、一度行に入れば途中でやめることが絶対に許されないという厳格な掟だ。途中で挫折する場合、行者は腰に差した「死出の首紐」で首を吊るか、「降魔の短刀」で腹を割いて自害しなければならない。まさに背水の陣を地で行く修行構造がそこには存在する。
なかでも最大の難所とされるのが「堂入り」だ。九日間にわたり、断食・断水・不眠・不臥(横にならない)を貫き、不動明王に真言を唱え続ける。科学的には人間の生命維持の限界とされる領域であり、四日目を過ぎる頃から行者の体からは死臭が漂い始め、五感は異常なほどに研ぎ澄まされるという。水一口すら飲めない飢渇の中で、自身の欲望や執着が完全に削ぎ落とされていく。2026年現在の現代医学の視点から見ても、奇跡としか言いようのないこの肉体変容の裏側には、生存本能を超越した精神の覚醒が存在する。