手塚理美の人生観と結婚観を語る上で避けて通れないのが、1990年に結婚した元夫・真田広之との激動の歳月と離婚理由です。
当時、映画界のトップスター同士だった二人の結婚は「世紀の美男美女カップル」として世間を大いに沸かせました。二男を授かり順風満帆に見えた結婚生活でしたが、1995年に暗転します。真田広之が映画『写楽』で共演した若手女優・叶月里緒奈との白昼堂々の不倫密会が週刊誌にスクープされたのです。当時、相手女性が記者会見で「恋愛相手に奥さんがいても関係ない」といった主旨の発言を残したことで、日本中に激震が走りました。
当時、幼子を抱えながら裏切りの渦中に置かれた手塚理美の苦悩は想像を絶するものでした。しかし、彼女は感情的な泥沼劇に終始することなく、約1年半の別居期間を経て、1997年3月に正式な離婚届を提出。慰謝料請求や養育費の取り決めを淡々と進め、親権を自らが引き取りました。
驚くべきは、その後の二人の関係性の修復です。離婚直後は当然ながら深い溝がありましたが、手塚理美は「父親を奪うようなことは絶対にしたくない」という信念から、真田広之と息子たちの定期的な交流を一切遮断しませんでした。それどころか、息子たちの誕生日会には真田広之を自宅に招き、笑顔で食卓を囲む関係を構築していったのです。
テレビ特番の手記やインタビューでも、手塚理美は当時の心境を「最初は許せない思いもあった。けれど、子どもたちにとっては世界でたった一人の父親。憎しみを持ち続けるエネルギーを、子どもを育てる愛情に変えた」と語っています。裏切りを許容したのではなく、母親としての責務と個人の成熟によって葛藤を乗り越えた姿は、多くの女性から深い共感を集めました。