物語の起点となるのは、オーストリアの貧しい青年時代だ。ウィーンの美術学校受験に失敗し、絵の具と夢だけを抱えて路頭を迷う若き日のアドルフ・ヒトラー。水木しげるは、彼の持つ「あまりにも人間的な屈折」を容赦なく紙上に晒していく。
特別な才能に恵まれなかった青年が、いかにして言葉の魔術を用いて群衆を熱狂させ、国家の頂点へと上り詰めたのか。劇中では、演説の背後にある狡猾な計算と、劣等感に裏打ちされた狂気が濃密なコマ割りで描かれる。権力を握る過程で重なる政敵の粛清や凄惨なホロコーストへの傾倒は、一人の人間がモンスターに変貌していく冷酷なドキュメンタリーそのものだ。