お寺と神社を見分ける最も直感的なポイントは、入口に構える建築物です。神社の入口にそびえ立つ「鳥居」は、神聖な神域と人間が暮らす俗世とを隔てる結界の役割を果たしています。鳥居をくぐればそこは神の領域です。 対して、お寺の入口に構えるのは「山門(三門)」です。お寺はもともと山中に修行の場として建てられた歴史的経緯から「山号(さんごう)」を持ち、三解脱門(空門・無相門・無願門)を象徴する重厚な屋根付きの門が参拝者を迎えます。屋根があり、左右に仁王像や金剛力士像が睨みを利かせている門があれば、そこはお寺だと判断できます。
祀られている対象と、境内で信仰に仕える人物の属性も根本から異なります。
神社の祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)をはじめとする八百万(やおよろず)の神々や、土地の産土神(うぶすながみ)、歴史上の偉人などです。本殿の奥深くに鎮座する「ご神体」は鏡や剣、勾玉、あるいは山や巨石そのものであり、人間の目に見える姿(偶像)としては祀られません。仕えるのは「神職」「宮司」「禰宜(ねぎ)」と呼ばれる人々で、神と人との間を取り持ち、祝詞(のりと)を奏上します。 一方、お寺の中心にあるのは「本尊仏像」です。釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来、薬師如来、あるいは観世音菩薩といった具現化された仏像が本堂に安置されています。仕えるのは「僧侶」「住職」「和尚」などであり、厳しい修行を経て仏の教え(仏法)を学び、民衆に説法を行い、死者を極楽浄土へ導く儀礼を執り行います。 神道が「自然を崇拝し、清浄を尊び、現世での生命の繁栄を祈る」教えであるのに対し、仏教は「輪廻転生からの解脱を目指し、現世の苦しみから救済されて悟りを開く」ことを目的とする教えです。根底にある宗教哲学そのものが異なる体系を持っています。