柿澤勇人を語る上で避けて通れないのが、政界と伝統芸能の最高峰が交差する華麗なる名門家系図の存在です。彼の出自を知った多くのファンが「あまりのサラブレッドぶりに言葉を失った」と語るほど、その血脈には日本の近現代史を彩る錚々たる重鎮たちが名を連ねています。
まず父方の祖父は、大蔵省(現・財務省)の官僚を経て衆議院議員、そして羽田内閣で外務大臣を務めた大物政治家・柿澤弘治氏です。国際政治の舞台で辣腕を振るった祖父の存在は、幼少期の柿澤にとっても極めて大きな影響力を誇っていました。また、父親も一般社会で高い地位を築いた実業家であり、名門一家としての規律正しい家庭環境で育ちました。
さらに驚嘆すべきは母方の血統です。伝統芸能の世界において頂点を極めた浄瑠璃三味線方の人間国宝・清元榮三郎氏が大叔父にあたり、さらに浄瑠璃太夫の人間国宝・清元志寿太夫氏を祖父に持っています。つまり柿澤勇人は、国家の舵取りを担った大政治家のDNAと、日本の伝統美を極致まで磨き上げた重要無形文化財保持者のDNAを同時に受け継いで生を受けたことになります。
しかし、本人はこの重厚すぎる血筋を過度に誇ることは決してありませんでした。むしろ少年時代は「名門の跡取り」という周囲の色眼鏡に強い抵抗感を抱き、自らの肉体と汗だけで勝負できるサッカーの世界に没頭。名門・桐蔭学園高校でJリーガーを目指して泥だらけになってボールを追いかけていた経験が、現在の骨太な雑草精神の源流となっています。