歌丸師匠の晩年を語る上で欠かせないのが、鼻にカニューレ(医療用酸素吸入チューブ)を通し、高座の脇に酸素ボンベを置いて落語を披露する姿でした。
落語は一席で20分から30分以上、声を張り上げ、激しく息を遣い、身振り手振りを交える過酷な全身表現です。健康な噺家であっても息が切れる舞台において、重度の呼吸不全を抱えた状態での口演は医学的見地からも限界を超えた挑戦でした。しかし歌丸師匠は「噺家が高座を降りたらただの抜け殻」「喋れなくなったらおしまい」と公言し、周囲の静止を振り切って舞台に上がり続けました。
生涯最後の高座となったのは、亡くなる約2カ月前の2018年4月19日、国立演芸場での舞台でした。演目は名作古典落語『小言幸兵衛(こごとこうべえ)』。車椅子で高座に上がり、息を整えながら口演したその語り口は、病魔の影を感じさせない気迫と江戸前の鋭さに満ちており、客席は割れんばかりの拍手と涙に包まれました。
当時の関係者や看護スタッフの証言によると、2018年6月下旬に体調が急変して再入院した際も、意識が薄れる中で手を動かし、落語の仕草を見せていたといいます。最期は愛する家族に見守られながら、眠るように静かに旅立ちました。