マダニを皮膚上で発見した際、多くの人が「虫ではなくほくろやゴミだと思った」と証言します。その最大の要因は、マダニの吸血前後の劇的な色の変化と形態変容にあります。野山や庭の草むらに潜んでいる未吸血時のマダニ成虫は、体長がおよそ2mmから4mm程度しかありません。体色は硬い背板に覆われた黒褐色、赤褐色、あるいは艶のない黒色をしており、平べったい木の葉のような形状をしています。この状態では草木の先端で動物の二酸化炭素や体温を待ち伏せしており、皮膚に取り付いた直後も「黒い小さな粒」にしか見えません。
ところが、宿主の皮膚に強固に咬着(こうちゃく)して吸血を開始すると、事態は一変します。マダニは蚊のように数分で吸血を終えるのではなく、約1週間から10日間以上もの時間をかけて持続的に血液を摂取し続けます。摂取した血液中の水分や老廃物は唾液として宿主の体内に吐き戻し、濃縮された栄養分だけを自らの消化管に溜め込んでいきます。この過程で、蛇腹状に折りたたまれていた腹部の外皮が極限まで引き伸ばされ、体積は吸血前の数十倍から100倍以上に膨れ上がります。
この極限状態に達したマダニの色は、もはや元の黒褐色ではありません。血液成分の透け具合と引き伸ばされたクチクラ層の乱反射により、光沢を帯びた灰色(鉛色)、白みがかったオリーブ色、あるいは赤黒い小豆色へと変色します。大きさも10mmから15mm前後、大型の個体では20mm近くに達し、皮膚の上に「灰色のぶどうの粒」や「巨大なイボ」が突如として出現したかのような異様な見た目になります。皮膚科の臨床現場でも「昨日までなかった灰色のイボが突然大きくなった」と駆け込む患者が後を絶ちません。