世間には「細木数子が島倉千代子の巨額の借金を私財で肩代わりした」という印象が根強く残っていますが、事実は大きく異なります。実際のスキームは、細木が自腹を切って一括返済したわけではなく、暴力団関係者を含む債権者たちとの直接交渉によって返済条件をリスケジューリング(繰り延べ・減額交渉)し、自らが設立した新事務所「ミュージック・オフィス」に島倉を移籍させ、彼女の稼働利益から返済原資を吸い上げるというものでした。
島倉に課されたのは、文字通りの「地獄の巡業」でした。地方のキャバレー回りから全国各地の市民会館、過密なディナーショーに至るまで、細木が差配する過酷なスケジュールに沿って歌い続ける日々が続きます。ステージで笑顔を振りまきながら、舞台裏では疲労困憊で倒れ込む島倉の姿が関係者によって度々目撃されていました。
やがて、二人の間には金銭の流れを巡る決定的な不信感が芽生え始めます。島倉千代子の事務所トラブルの核心は、どれだけ過酷に働き、興行収益を上げても、借金の残債明細が島倉本人に開示されなかった点にありました。日々の生活費すら細木側から小遣い程度に制限される徹底した管理体制の中、「自分は借金を返すための道具として搾取されているのではないか」という疑念が、島倉の心の中で急速に膨らんでいったのです。