ネット上の掲示板や知恵袋などで長年議論されているのが、デヴィ夫人 ハーフ説の真相です。日本人離れした彫りの深い顔立ちとアーモンド形の大きな瞳から、「実はクォーターなのではないか」「ロシアや東欧の血が入っているのではないか」という憶測が後を絶ちません。
結論から言えば、デヴィ夫人は両親ともに純粋な日本人です。父・兵七郎は大工の棟梁であり、母・政子も福島県の出身。夫人は自身の生い立ちに関するインタビューで「父も母も純粋な日本人です。ただ、父は非常に鼻筋が通った整った顔立ちをしており、母も浅草生まれの粋な人でした。遺伝的な骨格に恵まれたのでしょう」と明確に語っています。戦前の麻布界隈でも、七保子の日本人離れした美しさは評判で、近所では「麻布の小町」と噂されていたほどでした。
もう一つの大きな誤解が、スカルノ大統領への接近を巡る「日本政府の政治工作員(スパイ)説」です。昭和30年代、日本とインドネシアの間では大規模な戦後賠償ビジネスが進行しており、商社間の激しい利権争いがありました。その渦中に七保子がいたことから、一部週刊誌や謀略論者が「商社や政府が送り込んだ工作員ではないか」と書き立てた経緯があります。
しかし、近年の外交記録や関係者の回顧録を検証すると、彼女を動かしたのは冷徹な政治的謀略ではなく、スカルノ大統領の個人的な熱烈求愛と、家族を貧困から救い出したいという七保子自身の切実な覚悟であったことが判明しています。デヴィ夫人の経歴と真相を総括すれば、国家間の巨大な力学に翻弄されながらも、決して誰かの敷いたレールに甘んじることなく、自らの意思で過酷な運命を選択した女性の闘争史だったと言えます。