日本の歴史を混乱させる最大の要因は、「朝廷」と「幕府」が長期間にわたって併存していた点にあります。この両者の関係を整理する鍵は、政治社会学における「権威(Authority)」と「権力(Power)」の概念分離です。 鎌倉幕府が開かれて以降、軍事・警察・治安維持・土地支配といった実力行使を伴う「権力」は武家が掌握しました。しかし、どれほど圧倒的な武力を誇っても、武士は自分たちだけで勝手に「日本国を治める正当な支配者」を名乗ることはできませんでした。国家統治の正統性を対外・対内的に裏付ける「神話的・法的な権威」は、依然として朝廷が独占していたからです。この関係性を明確化するため、制度と機能の差異を一覧表に整理しました。
このように、「征夷大将軍と朝廷の権力闘争」はゼロサムゲームではなく、互いの存在価値を前提とした補完関係にありました。武家側は将軍宣下を受けることで反乱分子を「朝敵(国家の敵)」として討伐する大義名分を得て、朝廷側は武家の軍事力によって自らの安全と存続を担保していたのです。