伊藤リオンの半生を語る上で欠かせないのが、かつて日本サッカー界の将来を嘱望されたトップクラスの才能を持っていたという事実です。日本人の母親とパナマ人の父親の間に生まれ、日本人離れしたスピードと高い身体能力を誇っていました。
中学時代には東京ヴェルディ1969のジュニアユースに所属し、将来のJリーガー、さらには日本代表候補と目されるほどの実力を発揮していました。しかし、思春期における素行不良やチームの規律との軋轢によりユースへの昇格を断念。ドロップアウトした後に足を踏み入れたのが、当時六本木や渋谷を席巻していた暴走族グループ「関東連合」を中心とする不良コミュニティでした。卓越した身体能力と喧嘩の強さは裏社会でも一目置かれ、瞬く間に危険な夜の世界の中心へと引きずり込まれていきました。