主人公ポルコ・ロッソの本名はマルコ・パゴット(Marco Pagot)。かつてイタリア空軍のエースパイロットとして第一次世界大戦を戦い抜いた、れっきとした人間の大尉でした。公称設定におけるポルコの年齢は1893年生まれの36歳。血気盛んな若者ではなく、酸いも甘いも噛み分けた男盛りの年齢です。
彼が豚の姿へと容貌を変えたのは、他者から理不尽な呪いをかけられたからではありません。宮崎駿監督が過去の講演や著作『風の帰る場所』などで語っている通り、「自分自身にかけた魔法」、すなわち精神的な自己変容です。その背景には、2つの巨大な要因が存在します。
第一の理由は、凄惨な空中戦で無二の親友ベルリーニをはじめとする戦友たち全員を撃墜され、自分だけが雲の上の平原から生還してしまったことによる激しいサバイバーズ・ギルト(生還者の罪悪感)です。「なぜ自分だけが生き残ってしまったのか」「国家のために仲間を見殺しにしたのではないか」という自責の念が、彼自身の人間としての誇りを根底から打ち砕きました。
第二の理由は、大戦後のイタリアで台頭したファシズム(国家主義)への徹底的な拒絶です。旧友フェラーリン少佐から軍への復帰を促された際、ポルコは映画史に残る痛烈なカウンターを放ちます。
「ファシストになるより豚の方がマシさ」
国家のために人を殺し、全体主義の歯車として英雄視される人間社会に絶望したマルコは、自らを「薄汚れた豚」へとおとしめることで、腐敗した人間社会から自発的にドロップアウトしたのです。豚の顔は、彼にとって最大の自己処罰であると同時に、国家権力に対する絶対的な不服従の鎧でもありました。