事件発生直後、各メディアの記者が殺到する中で出される父親の謝罪コメントや単独インタビューには、世間の厳しい視線が注がれます。公の場に姿を現し、フラッシュを浴びながら深々と頭を下げる父親の姿は、テレビのニュースショーで繰り返し放映されてきました。
大手新聞社や週刊誌の記者会見において、ある父親は絞り出すような声で「育て方を間違えたとしか言いようがない。被害者の方々、ご遺族には命をもってお詫びしても足りない」と語り、膝から崩れ落ちました。こうした謝罪コメントの多くは、弁護士の助言を受けながら作成される形式的な文書であることも多いものの、突発的な囲み取材や長時間の独占インタビューでは、親としての底知れぬ後悔と困惑が生々しく露呈します。
さらに、法廷での証言や後に出版される手記、支援者へ宛てた書簡などには、報道では切り取られない苦悩が記されています。
「あの子が生まれてから今日までの三十年間、自分は一体何を見てきたのか。予兆は確かにあったはずなのに、なぜ気付いてやれなかったのか。毎晩、暗闇の中で自問自答を繰り返していますが、答えは見つかりません」
自著の手記や関係者の証言で明かされるこれらの言葉は、犯行を容認するものでは決してありません。しかし、親としての関与が「共犯」ではなく「無知や過失」であった場合、その自責の念は生涯にわたって父親を苛み続けることになります。世間が求める「分かりやすい悪人の親」というイメージと、現実に立ち尽くす父親の憔悴した表情との間には、常に深い断絶が存在しています。