安西孝之氏は、単なる「名門の御曹司」ではありませんでした。昭和電工においては、石油化学部門などの基幹事業で実務を重ね、専務取締役をはじめとする要職として現場の構造改革やグローバル展開に尽力しました。当時の社内報や業界関係者の回顧録には、「派閥争いを好まず、数字と現場のファクトを直視する合理主義者」としての姿が記録されています。
ビジネス界での功績に加え、同氏の名を決定づけたのが日本ゴルフ協会(JGA)における活動です。幼少期からゴルフに親しみ、自らも卓越した腕前を持つトップアマチュアであった安西氏は、副会長や国際委員会委員長として国際ゴルフ連盟(IGF)とのパイプを構築。特に2016年リオデジャネイロ五輪でのゴルフ競技復活劇の舞台裏において、日本側の代表として国際ロビー活動やルール統一に奔走した功績は、ゴルフ界で今なお高く評価されています。