角田美代子の経歴まとめを辿ると、その特異な人格形成には複雑な家庭環境が深く影を落としています。1948年に兵庫県尼崎市で生まれた角田は、幼少期に実母と死別。家業である土木建築業を営む父親のもとで育ちましたが、自宅には常に複数の愛人や出稼ぎ労働者が出入りする極めて混沌とした環境でした。
当時の関係者や同級生の証言によると、学生時代の角田は派手な身なりで周囲を威圧する一方、他人の懐に入り込んで取り入る対人能力に長けていたとされています。中学校を卒業後、水商売などを転々とする中で、金銭への異常な執着と「他者を意のままに操る術」を体得していきました。
1980年代以降、角田は暴力団関係者との人脈を誇示しながら、親族や知人を巻き込んだ独自の生活共同体を形成し始めます。彼女が築いたのは、法的な血縁関係とは異なる「角田ファミリー」と呼ばれる擬似家族集団であり、これが後の凄惨な連続変死事件の実行基盤となっていきました。