ネット上の感想やSNSのレビューにおいて頻繁に見受けられるのが、「マキシムは不幸な結婚生活に耐えた被害者であり、理想の白馬の王子様である」という解釈です。しかし、物語の構造を冷徹に検証すると、この解釈には大きな見落としがあることが分かります。
第一に、マキシムという男の本質は、「階級的プライドと世間体(マンダレイの名誉)に縛られた脆弱な支配者」です。彼はレベッカの不貞と狂態を知りながらも、スキャンダルを恐れて離婚に踏み切ることができませんでした。さらに、若く身寄りのない「わたし」を後妻に選んだ動機の一端には、従順で扱いやすく、傷ついた自尊心を無条件に癒やしてくれる存在を求めていたという無意識の搾取構造が横たわっています。
第二に、前妻レベッカを単なる「生粋の悪女」として片付けることも本質を見誤ります。ヴィクトリア朝の残滓が色濃く残る家父長制社会において、男たちを支配し、自らの性的自由と野心を謳歌したレベッカは、当時の男性優位社会に対する破壊的な反逆者でもありました。彼女が仕掛けた「死の罠」は、自分を支配しようとしたマキシムに対する究極の報復劇であったと言えます。