2011年、母親が送った履歴書をきっかけに関西ジャニーズJr.として活動を開始した永瀬は、大阪松竹座の舞台でエンターテインメントの基礎を徹底的に叩き込まれた。当時の関西ジュニアは、技術やビジュアルだけでなく、トークの間や観客を巻き込むアドリブ力が極めてシビアに求められる現場だった。
美形でありながら気取らず、ボケにもツッコミにも柔軟に対応する度胸。その原点は、関西の先輩や仲間たちと切磋琢磨した日々にほかならない。後に活動拠点を東京へ移すことになっても、彼の根本には関西ジュニア時代に培ったハングリー精神と、どんな逆境も笑いに変えるタフネスがしっかりと根を張っていた。