宗次徳二氏の人生を知る者は、誰もが「事実は小説よりも奇なり」という言葉を想起せざるを得ません。自著や過去のドキュメンタリー番組の告白によれば、宗次氏の原点は壮絶を極めた環境にありました。
1948年に生まれた宗次氏は、生後まもなく孤児院に預けられ、3歳のときに養父母に引き取られます。しかし、養父は重度のギャンブル依存症でした。競輪やパチンコに明け暮れ、定職にも就かない家庭環境のなか、電気も水道も止められたバラック小屋を転々とする日々。食べるものすら事欠き、空腹を満たすために「道端の雑草をむしって塩を振って食べた」「蜂の子を捕獲して口にした」という幼少期の体験は、本人の手記でも生々しく語られています。
養父からは毎日のように罵声と激しい折檻を受け、逃げ場のない極限の少年時代を過ごした宗次氏。しかし、この底知れぬ逆境こそが、後に「お客様に頭を下げ、喜んでもらえるだけで至福を感じる」という、特異な奉仕精神の土台を形成することになります。
高校卒業後に八百屋や不動産会社勤務を経て、妻の直美氏とともに開業した喫茶店「バッカス」。そこで提供していた手作りカレーが大評判となったことから、1978年に「カレーハウスCoCo壱番屋」の第1号店が愛知県西枇杷島町にオープンしました。ここから、常人の理解を超えた宗次氏の「驚異のルーティン」が幕を開けます。
社長在任中、宗次氏が30年以上にわたって貫き通した生活様式は、まさに修道士のようでした。
- 午前3時55分起床:目覚まし時計を使わず、数十年にわたり4時前に起床。起きた瞬間から臨戦態勢に入る。
- 年間1,000時間以上の街頭清掃:夜明け前から店舗周辺や公共道路を自らほうきとチリトリを持って清掃。雑草を1本残らず抜き取る。
- アンケートハガキ数万通の全読・即日返信:店舗に届く客からのアンケートハガキ(年間数十万通)をすべて自ら目を通し、クレームには社長自ら直筆で手紙を書き、時には早朝に電話を入れて謝罪した。
- 365日休まず出勤:創業から上場に至るまで、趣味や私生活を完全に遮断。「経営とは現場の雑事を愛し抜くこと」を体現した。
「商売に裏技はない。早起きと掃除、そして現場のお客様の声に即座に応えること。これだけを誰よりも徹底すれば絶対に潰れない」――宗次氏が遺した数々の名言は、単なるビジネス書のスローガンではなく、骨の髄まで現場に浸かりきった男の肉声であったがゆえに、いまなお経営者たちの背筋を凍らせるほどの説得力を放っています。