中曽根首相が死んだふりを貫いた最大の理由は、自民党内の反主流派と野党による「同日選挙潰し」を無力化するためでした。当時、中曽根首相は同年5月の「東京サミット(主要国首脳会議)」を成功させ、内閣支持率がピークに達していました。首相はこの高い支持率を背景に衆参同日選を仕掛け、大勝することで自民党総裁任期の延長や悲願の国鉄民営化を成し遂げようと目論んでいたのです。
ところが、ポスト中曽根を狙う「ニューリーダー」と呼ばれた竹下登、安倍晋太郎、宮澤喜一の陣営や、鈴木派・福田派などの党内ライバルは、中曽根首相の権力基盤が強まり任期が延長されることを極度に警戒し、同日選に激しく反対しました。さらに野党側も、同日選になれば組織力と資金力に勝る自民党が圧倒的に有利になるため、「同日選阻止」で強硬に結束していました。
正面から解散を口にすれば、内閣不信任決議案の提出や国会ボイコットによって国会が麻痺し、選挙日程の確保すら困難になる状況でした。そこで中曽根首相は「解散風は吹いていない」「頭の片隅にもない」と嘯き、妥協案を受け入れる寛容なリーダーを演じることで、反対派の警戒網を完全に麻痺させたのです。