なぜ小田急相模原という街に、これほどまでにディープなスポットが生まれたのでしょうか。そのルーツは、小田急相模原の歓楽街の歴史と密接に結びついています。
相模原市南区南台や松が枝町が位置するエリアは、近隣の米軍座間キャンプ(キャンプ座間)の存在もあり、戦後から米軍関係者や工場の労働者向けの飲食店、バー、キャバレー、スナックが急速に発展した歴史を持ちます。サウザンロード相模原(旧・国立病院通り)や駅南口の路地裏には無数の飲食店がひしめき合い、夜になれば昼とは全く違う妖艶な表情を見せる街角が形成されていきました。
こうしたオダサガ飲み屋街の昔の様子を色濃く反映して誕生したのが「ニューマリリン」でした。相模原市南区におけるニューマリリンの場所は、駅周辺の入り組んだ路地の一角にあり、夜間になると赤やピンクの光に照らされたノスタルジックな風景を作り出していました。まさにオダサガ昭和レトロスポットの生きた化石とも呼べる存在だったのです。