国家の中枢である行政組織の内部でも、この二重構造は絶妙なバランスで共存している。
行政府の実務を統括する内閣官房が発出する公式文書や閣議決定の書類では、例外なく「内閣総理大臣」が用いられる。行政手続きにおいて「総理」や「首相」が使われることはない。ところが、建物の名称に目を向けると、一般に親しまれている施設名は「首相官邸」である。公式の法的名称は「内閣総理大臣官邸」だが、広報活動やWebサイトのドメイン(kantei.go.jp)では「首相官邸」が堂々と看板を掲げている。
国際儀礼(プロトコル)の現場でも、この使い分けは極めて重要だ。外国首脳との公式会談や条約の署名式では、英語表記の「Prime Minister of Japan」に対応する公的職名として「日本国内閣総理大臣」が厳格に使用される。一方で、海外メディアの英文記事では「Japanese Prime Minister」や「PM」と表記され、それが日本語に再翻訳される段階で「日本首相」というフラットな呼称へと着地する。