近年の家系調査によって判明した驚愕の真実は、徳川の目を欺くために苗字を変え、密かに血脈を守り抜いた一族の存在である。秀吉の正室・高台院(おね)の実家である木下家は、備中足守藩主として明治維新まで存続した。この木下家の血統こそが、実質的に「豊臣の血と家格」を後世に伝える最大の器となった。
さらに興味深いのは、秀吉の姉・日秀尼の系統から公家に嫁いだ女子を通じて、旧皇族や華族の家系へと血筋が流入している点だ。現在、これらの血を引く子孫たちは「木下」をはじめ、「杉原」や「木村」、あるいは完全に別の現代的な姓を名乗り、東京都内や関西圏でごく普通の一般市民として暮らしている。IT企業の経営者、大学教授、医師、クリエイターなど、その職業は多岐にわたる。名声を誇示することなく、静かに、しかし力強く平成・令和の世を生き抜いてきたのである。