抱湖園の美しさを語る上で欠かせないのが、房総半島における花の商業栽培の礎を築いた武藤哲造(むとう てつぞう)の歴史です。大正から昭和初期にかけて、寒冷地とは異なる温暖な南房総の気候に着目した哲造は、私財をなげうち、当時岩石だらけの荒れ果てた急斜面を自らの手で切り拓きました。
「農民が冬場にも現金収入を得られる産業を創出したい」という強い信念のもと、彼は山肌に幾重もの段々畑を造成し、水仙や寒桜、椿などを植栽していきました。谷あいの溜池(池)を抱きかかえるように造成されたことから「抱湖園」と命名されたこの地は、単なる観光庭園ではなく、南房総を日本屈指の「花の産地」へと押し上げた実証実験の場であり、産業振興の原点でした。
現在も園内の中腹には武藤哲造の記念碑が静かに佇み、訪れる人々に開拓の労苦と郷土への無私の献身を伝えています。人工的な商業施設にない深い陰影と叙情性が漂うのは、この地に刻まれた人間の歴史が風景と一体化しているからにほかなりません。