パリ人肉事件の真相となぜ不起訴に?佐川一政の最期と司法の闇

パリ人肉事件の真相となぜ不起訴に?佐川一政の最期と司法の闇

パリ人肉事件の真相となぜ不起訴に?佐川一政の最期と司法の闇の背景について、専門知識を詳しくお届けします。

惨劇の舞台となったのは、パリ16区エルランジェ通りにあるアパートの一室でした。1981年6月11日、パリ第3大学(ソルボンヌ大学)大学院に留学していた佐川一政(当時32歳)は、同大学で比較文学を専攻していたオランダ人留学生、ルネ・ハルテヴェルトさん(当時25歳)を自宅に招き入れました。口実としたのは、ドイツ語文学の詩をフランス語へ翻訳・朗読してもらうという学業上の依頼でした。

ルネさんが机に向かい、ドイツの詩人ヨハネス・R・ベッヒャーの詩を朗読していた最中、佐川は背後から口径.22の小型小銃(ライフル)で彼女の首の後ろを撃ち抜きました。即死でした。その後の佐川の行動は、人間の常軌を遥かに逸脱したものでした。遺体に対して凌辱を加えた後、数日間にわたって遺体の一部を切り取り、フライパンで調理して食したのです。

佐川は後に執筆した自著や特番インタビューの中で、「彼女を憎んでいたわけではない。むしろ美しく輝く存在であり、その生命と美を自分の中に取り込み、完全に一体化したかった」と異常な独占欲と自己愛を吐露しています。しかし、犯行から2日後の6月13日、残された遺体をスーツケース2個に詰め、白昼堂々と名所ブローニュの森にあるウー池に遺棄しようとした際、タクシー運転手や公園の通行人に目撃されて逃走。通報を受けたフランス警察によって、アパートで呆気なく現行犯逮捕されました。

警察が部屋に踏み込んだ際、冷蔵庫の中には解体された遺体の一部が残されており、現場を目撃した捜査官たちすら激しい嘔吐を催したと記録されています。絵に描いたような残虐行為でありながら、動機の根底にあったのは、幼少期から佐川を苛み続けた強烈な身体的劣等感と、健康で美しい白人女性に対する歪んだ羨望でした。

山崎 陸
著者

山崎 陸

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