インターネット上のQ&AサイトやSNSでは、「貧乏な東大生が自分の学費を工面するために屋台を引き、手作りの芋を売ったのが最初である」という美談調のストーリーがしばしば語られます。しかし、当時の大学制度と社会階層を歴史学的に検証すると、手放しで史実とは断定できない側面が見えてきます。
当時の旧制高等学校から帝国大学へと進学できた層は、基本的に旧制中学の激しい選抜を勝ち抜いたエリート層であり、学費全額を露天商人として調達することは制度的にも現実的にも極めて困難でした。帝大生がアルバイトとして家庭教師(当時の「書生」)を務める例は無数に記録されていますが、自ら油釜を持ち歩いて街頭販売を行う行為は、警察の露店取締規則や大学側の厳しい規律に抵触するリスクが高かったためです。
現代の食文化研究者たちの分析では、神田の学生街や本郷通り周辺で「商売熱心な露店商人が、学生街の看板として『大学芋』と命名して売り歩いた事実」と、「学生たちが飢えを凌ぐために買い支えた日常」が後世に混同され、ロマンチックな学費稼ぎ説へと昇華していった可能性が指摘されています。誤った俗説がそのまま広まりやすいネット情報だからこそ、一次史料に基づいた客観的検証が欠かせません。