当時のネット掲示板やSNSでは、「静岡県知事は頭がおかしい」「日本の発展を止める国賊」「静岡県全体が恥をかいている」といった苛烈なバッシングが吹き荒れました。しかし、現場取材で見えてきた地元・静岡県民の心理は、そうした単細胞な批判とは異なる深い引き裂かれ(アンビバレンス)を抱えていました。
事実、川勝氏は4期連続で知事選を圧勝しています。浜松市を中心とする西部地域と、静岡市を中心とする中部地域、伊豆などの東部地域の間には歴史的な地域対立があり、川勝氏は東部・中部の水利権を守るリーダーとして絶大な集票基盤を誇っていました。「首都圏と中京圏を素通りするリニアに静岡県側のメリットはほとんどない」「のぞみ号すら停まらないのに、大井川の水を危険に晒す筋合いはない」という県民の本音を、川勝氏が強烈に代弁していた側面は否定できません。
しかし、その支持基盤を自ら破壊したのが一連の失言でした。「コシヒカリ発言」で御殿場市をはじめとする東部住民を激怒させ、2024年の職業差別発言では、県内屈指の茶業関係者、みかん農家、スズキやヤマハなどに代表されるものづくり産業の従事者たちの誇りを完膚なきまでに踏みにじったのです。
「水問題では頼りになるが、もう人前で喋らないでほしい」「同じ静岡県民として、知事が口を開くたびに他県の人に平謝りしなければならないのが苦痛でたまらない」――当時の県民への取材では、このような疲弊と羞恥の声が多数を占めていました。県庁に押し寄せた苦情の多くが「他県のネットユーザー」からだけでなく、「長年川勝氏に票を投じてきた県民自身」からの悲痛な抗議であった事実が、この失墜の決定的な重みを物語っています。