初動におけるメディア露出の少なさは、インターネット掲示板やSNS上で急速に歪められ、様々な憶測やデマへと発展しました。当時流布された代表的な噂とその検証結果は以下の通りです。
最も激しく拡散されたのが、「福島第一原発事故の放射性物質から逃れるため、京都や西日本、海外へ逃亡した」という説です。この噂は、当時一部の週刊誌が報じた離婚騒動や家族関係の不協和音に関する記事と結びつき、真実味を帯びたかのように一人歩きしました。
しかし、当時の通話記録、面会に訪れた国会議員や官僚の証言、地元自治体関係者の記録を精査すると、小沢氏が東京の自宅および議員会館を離れて西日本へ避難していた事実はありません。連日、東京の拠点で各方面からの陳情処理と物資調達の指示を出していたことが確認されています。
危機的状況下において、リーダーの「沈黙」や「姿が見えないこと」は、人々に強い不安と疑念を植え付けます。当時の民主党政権における激しい権力闘争とメディアとの緊張関係が、根拠のない逃亡説を増幅させる土壌となっていたのです。